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高根山

カテゴリー │遠州山辺の道の歴史

高根山

宮口地区から赤佐地区へ歩を進めて、
一番先に目につく山が高根山です。
海抜135,4㍍で非常に形がよく、本当に器量よしで、昔から美しいと言われる奈良三山も高根山には遠く及びません注目

その昔、都より東国へ向かう街道が、都田から宮口を経て、高根山の山麓を通り、於呂神社辺りで天竜川を渡ったのではないかとも言われています。今の山辺の道もおおよそ これをたどっています。

山頂には、六世紀頃の古墳が数多く点在しています。此の為 地元の人達は先祖の眠る、お山として敬い、大切に守ってきました。

昭和の大戦末期にこの山頂に機銃が据えられ、敵機が来襲のたびに応戦しましたが、B29には、とてもとても弾丸が届きませんでした。
今でも山頂へ連なる塹壕や、山頂には敵の上陸に備えての陣地構築の跡もあり、山頂では新旧の遺跡が同時に見られます。

中腹には一千年以上も昔から高根神社が祀られていますが、高根神社については、また改めて紹介したいと思います。

高根山も以前は松山で、地元の人達にとっては、柴を刈っては飯を炊き、山草を刈って田を肥し、秋には松茸で喜びをあたえてくれました。今では松は年々枯れて、代わりに照葉樹が多くなってきております。時代の移り変わりは人の世だけではなく、高根山にも大きく影響しているようです。ニコニコ♪黒


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